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父の新盆

2020年7月12日(日)
明日7月13日(月)は昨年に亡くなった父の新盆で都内へ迎えに行きます。母は今日までずっと前から準備していました。今日も実家で父の話をしていましたけれども、つくづく良い人だったと思ったのでした。

2020年7月13日(月)
今朝、9時頃には実家へ行き、お盆の支度を少しだけ手伝いました。キュウリとナスが4本足の動物になるようにハシを刺しますが、キュウリが迎えの馬で、ナスが送りの牛だと、妻から聞きました。私は馬を作りました。菩提寺では住職が線香に火をつけて下さいました。疫病退散・息災延命のお守りを頂戴しました。線香入れを持ってきたので、それで線香をあげました。私はお墓の水差しを掃除しました。お墓の裏に父が昭和50年に建立したと掘ってありました。祖父が亡くなって1年後のことです。当時は大変だったと母から聞いていました。行きも帰りも車で高速にのったので、11時には実家に帰ってきました。14時頃にうな重を食べて、自宅に帰りました。

2020年7月14日(火)
午後に実家に行き、大きな、おはぎを2つ食べたら、急に眠くなって、1時間位寝てしまいました。きっと、午前中までコンピュータを使っていたからだと思います。ご先祖様に、お菓子とお線香をあげてきました。母は昔の人がお盆や彼岸を考えてくれたおかげで、ご先祖様と向き合える機会があってありがたいと言っていました。母からとれたばかりの野菜をもらって帰りました。

2020年7月15日(水)
今日はお盆当日だった。自宅では火の出ない電気のロウソクを父の写真の両わきに1本ずつ2本立てて自宅のお盆とした。午後から実家に行った。私は実家にある仏様用ガスライターのためのガスを買って持って行った。そしてカラのライターにガスを注入した。盆棚には叔父から送って頂いたメロンがのっていた。母は自然系あるいは農業系のYouTubeにはまっていて、その話でもちきりだった。私が次に仏様がまとまってくるのはいつかと母に聞いたら、母は答えてくれなかった。来年のお盆が当たり前だが、その時私が来るとは思っていないのだろう。私は父の新盆の盆棚を写真におさめるか悩んだが撮影しなかった。明日の午前中には、盆棚はなくなっているであろう。母が畑で作りとれた野菜や干しエビの天ぷらとキュウリの漬物をもらって帰って食べた。私はまた父が遠のくようで少しさみしかった。

父への弔辞

お父さんのおかげで今の僕があります。今の自分に自信があるわけではありません。ただ、お父さんは僕のやりたいように、今までの人生を歩かせてくれました。大学院を修了して、就職して、人なみの生活をすることができたら良かったのですけれども、僕は病気になってしまいました。息子らしいことは何もできず、お父さんに苦労ばかりかけてしまいました。お父さんは定年まで働いたと思ったら、脳梗塞を患ってしまい、血管性認知症になった後は、加速して、衰えていきました。お父さんはいつも真面目に頑張る人です。僕はお父さんの真面目に頑張るところが大好きで、僕もそうありたいと思います。お父さんは仕事で会得した役立つことを教えてくれました。例えば「3M」「無理・無駄・ムラ」をなくすように教えてくれました。僕達家族の為に家の建て替えを考えて、毎日、設計図に線を引いては、消し、引いては、消しを繰り返して、立派な家を建てました。生涯で3軒目の家です。また、家族・親族の為にいつも新しい車を運転して、旅行に連れて行ってくれました。僕は少しずつ働けるようになって、実家を出た後、お父さんと一緒に食事をするのが楽しみでした。僕の好きな肉かけ丼をほおばるお父さんやお父さんの好きな寿司を食べたのを覚えています。お父さんの誕生日や記念日にささやかなお祝いをしました。お父さんは定年後には釣りに行く生活をしたいと言っていました。でも、闘病ばかりの定年後になってしまいました。僕はこれから、お父さんやお母さんの為に、ちゃんと社会で貢献できるように生きていきます。僕を生み育ててくれて、本当にありがとうございます。尊敬できるお父さんの子で良かったです。ありがとう。

母の誕生日

偉大なる、お母さんへ

いつも色々とありがとうございます。誕生日、おめでとうございます。妻から、「お母さんの誕生日のお祝いに、お手紙を書きましょうよ。」という、私にとっても、ありがたい提案がありました。

私が常日頃から思うに、私の最大の幸福は、お父さんとお母さんの子として、生まれてきたことです。こんなに自由に、自分勝手に、生きてこられたのは、お二人の甚大なるお力があってのことと、心から感謝申し上げます。それにも関わらず、私は自分の人生や家族を大切にしない、親不孝な息子でした。命やお金や時間を浪費して、お二人の人生や家庭や家計を圧迫したことをお許し下さい。

働いたり、子育てしたり、家庭菜園をしたり、お父さんの介護をしたり、本当に大変なことを、当たり前のようにやっているお母さんを私は、「世界一の母」と思っています。そんなお母さんに、旅行やおしゃれや遊びもさせてあげられない自分を情けなく思います。これからは、私が実家に帰った時だけでなく、少し私をあてにして下さい。私にできるのは、お母さんの愚痴を聞くことくらいかもしれませんけれども。

お母さんは、おばあさんよりも、長生きすることを目標とされていたましたね。是非、元気で長生きして下さい。お願い申し上げます。

コスモス

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